2008年10月30日木曜日

アメリカ大統領選 3 - 最終段階 ~ 勝つのはどちらか

11月4日に行われる2008年アメリカ大統領選挙まで、ついにあと一週間を切った。6月16日付記事「アメリカ大統領選 1 - なぜアメリカはヒラリー・クリントンを拒否したか」において、今アメリカに必要とされる大統領は、分裂状態に陥ったアメリカを再びまとめることのできる人物である、と私は指摘した。また、共和党、民主党それぞれの大統領候補に指名されたジョン・マケイン上院議員、バラク・オバマ上院議員はどちらもその資質を備えているということも指摘した。前回の2004年の選挙は二流同士の戦いの様相を呈していただけに、今回の選挙は熱い盛り上がりを見せた。

では、果たして今回の選挙戦を制して次期アメリカ合衆国大統領の座を射止めるのは、どちらになるだろうか。その答えを出す前に、まず大統領候補のパートナーとなる副大統領候補についてみてみよう。

まず、8月25日から28日にかけて行われた民主党大会で民主党大統領候補に指名されたバラク・オバマ氏は、上院司法委員長、外交委員長を歴任したジョセフ・バイデン上院議員を副大統領候補に指名、次いで9月1日から4日にかけて行われた共和党大会で共和党大統領候補に指名されたジョン・マケイン氏は、史上最年少かつ初の女性アラスカ州知事を務めるサラ・ペイリン氏を副大統領候補に指名した。彼らがそれぞれの副大統領候補として白羽の矢を立てられた理由は明白だ。

オバマ氏は、その若々しさに裏打ちされた巧みな演説によって、既成体制を打破する変革の象徴となる一方で、2004年に合衆国上院議員に選出されたばかりという経験の浅さが懸念されていた。一方で、彼のパートナーとなるバイデン氏は、1973年以来上院議員を務め続け、上院外交委員会委員長という要職をこなした民主党中道派を代表する大物議員だ。

また、マケイン氏は1987年以来の豊富かつ超党派的な議員活動により、保守派だけでなくリベラル側からの支持も強いが、本来の共和党支持層であるはずの保守強硬派からの人気は低く、また現時点で72歳という高齢も懸念されている。一方で副大統領候補のペイリン氏は、マケイン氏より保守的であると同時に、オバマ氏よりさらに若く、史上二番目の女性副大統領候補という新鮮味を兼ね備えている。

一言でいえば、マケイン、オバマ両氏とも、アメリカを再びひとつにまとめるという資質を備えているものの、マケイン氏は新鮮さ、オバマ氏は経験に欠けていた。それをそれぞれの副大統領候補が見事に埋め合わせた形だ。だが逆に、それぞれの副大統領候補がマケイン、オバマ両氏の長所を損ねてしまっているという見方もある。たとえば、民主党副大統領候補のバイデン氏はあまりにも長年に渡る議員経歴から、逆にオバマ陣営の新鮮さを失わせてしまっているという見方がある。特に、オバマ氏は当初から一貫してイラク戦争に反対していたのに対して、バイデン氏はイラクへの武力行使を認める2002年に行われた決議に賛成票を投じてしまったことはオバマ陣営にとって大きな痛手だ。また、それまで中央政界に縁がなかったペイリン氏を副大統領候補に指名したのは、彼女が若く、女性であることを利用したただのイメージ戦略ではないかという批判もある。

だが実は、ペイリン氏にはほかの3人にはない最大の強みがある。それは州知事という実際の行政経験だ。アメリカ合衆国の州は強大な自治権を持っている。州ごとにそれぞれ独自の憲法を持っており、基本的に国防と外交を除いた全ての国家機能がある。州知事は独立国のリーダーに匹敵する権限を持っているのだ。そのため歴史的に見ても、上院議員から大統領になるケースよりも州知事から大統領になるケースのほうが圧倒的に多い。 外交・安全保障に関する造詣の深いマケイン氏と、州知事職による内政経験のあるペイリン氏で理想的なペアとなるだろう。また、女性でありかつ保守的なペイリン氏は、本来共和党の支持層であるにも関わらず、リベラル寄りのマケイン氏には不信感をもつ保守層や、オバマ氏に敗退したヒラリー・クリントン氏の支持層を取り込む受け皿になるだろう。 特に、内陸部の保守層の存在が選挙結果に与える影響は決して無視できない。ペイリン氏の登場によってマケイン陣営は彼らの票を大きく取り込むことができるだろう。

結論を言うと、オバマ陣営の支持層はバイデン氏の登場によっても大した変化はないが、マケイン陣営の支持層はペイリン氏の登場によって大きく広がった。

だが、やはりマケイン陣営の最大の強みは、マケインの党派にとらわれない一匹狼的な議員経歴だろう。共和党の重鎮であるにもかかわらず、2004年の大統領選挙ではジョン・ケリー候補の副大統領候補となるのではないかと囁かれたほどだ。その理由は彼の議会活動を見れば明白だ。民主党の大物議員ジョセフ・リーバーマンとの共同で9・11調査委員会の設立、2002年には民主党のラッセル・ファインゴールド議員との共同で大企業による献金を制限する法律を成立、2005年には民主党リベラルの重鎮エドワード・ケネディ上院議員と共同で違法入国移民の永住を認める法案を提案するなど、民主党大物議員との共同活動が実に豊富だ。特にエドワード・ケネディ氏は、予備選段階からバラク・オバマ支持を表明していた人物である。さらに、ブッシュ政権に対する最も真摯な批判者の一人でもある。マケイン氏は、「アメリカをひとつにまとめる」ことを実際の行動で示してきた。

一方、変革と国内の融和を唱える巧みな演説で絶大な人気を誇るオバマ氏は、ペイリン氏のことを「口紅をつけても豚は豚」と発言するなど、ついに自分自身で禁止していた中傷キャンペーンを実行に移してしまった。さらに彼は、2004年以来の上院議員経験のうち半分は大統領選に費やしており、また一度も自らの手で法案を提出したことがない。オバマ氏はケネディの再来とさえ言われているが、上院、下院含めて14年の経験があり、特に労働組合と組織犯罪とのつながりを暴いた上院マクレラン委員会での活発な活動経験があったジョン・F・ケネディとは比較にならない。

10月19日、共和党員で前国務長官のコリン・パウエル氏がオバマ支持を表明した。パウエル氏はロナルド・レーガン政権時代から共和党政権で要職を務めており、またマケイン氏と同じベトナム帰還兵である。1996年の大統領選では、大統領選出馬の可能性も取りざたされ、もし立候補すれば確実に大統領になるだろうとさえ言われていた。それだけにパウエル氏のオバマ支持表明は大きな影響を持つだろう。

だが私は、パウエル氏の外交姿勢はむしろマケイン氏に近いものだと考える。パウエル氏はブッシュ父政権の下で、統合参謀本部議長として湾岸戦争を指揮した。同じ名前の「ブッシュ」政権のもとで行われた戦争だったが、湾岸戦争はイラク戦争とは根本的に異なり、湾岸戦争はいわゆる中道現実派が遂行した。したがって湾岸戦争を主導したのは、イラク戦争を主導したネオコンのような、思い込みの強い強硬派ではなかった。実は、現ブッシュ政権のイラク政策に対する最も真摯な批判者は民主党のリベラル勢力ではなく、湾岸戦争を主導したブッシュ父政権の中道現実派だった。その代表が、イラクからの現実的な撤退案を提案したイラク研究グループの共同議長を務めたジェイムズ・ベーカー氏(湾岸戦争当時の国務長官)、ブレント・スコウクロフト氏(湾岸戦争当時の国家安全保障担当補佐官)、現国防長官のロバート・ゲイツ氏(湾岸戦争当時のCIA長官)らである。コリン・パウエル氏もこの中に含まれる。

実はマケイン氏もこのグループに近い立場にある。特にブレント・スコウクロフト元国家安全保障担当補佐官とは近い関係にあり、また2006年には、ブッシュ政権の提唱する対テロリスト特別軍事法廷設置法案に反対する法案をパウエル氏とともに提出している。マケイン氏が通常時の議員活動中から唱えてきたイラク政策の目標は、イラクを安定化させつつ撤退することであり、これはイラク戦争に反対したブッシュ父政権の側近グループが中心となったイラク研究グループの提案に沿うものである。

誤解されがちだが、イラク問題に関するマケイン氏の立場は決してブッシュ支持一辺倒ではない。マケイン氏がイラク増派を主張したり、駐留期限の設定に反対したりするのは、撤退自体に反対しているためではなく、米軍が撤退できる状態をつくるためにはそうするほかはないという現実的な判断だ。マケイン氏の目標は、断じてブッシュ大統領やネオコンの掲げる「イラクの民主化」などという非現実的なものではない。

ブッシュ大統領の主張するように「イラクの民主化」などを実現しようとすれば、いつまでも米軍はイラクから撤退できず、泥沼にはまり込むだろう。しかし、もしイラクから即時撤退などすれば、イラク情勢は大混乱に陥る。イラクを混乱に陥れることなく撤退するには、中道・現実的な政策が要求され、そのためには外交・安全保障政策に対する深い造詣が不可欠だ。つまり、イラク戦争を主導したネオコンのような「思い込み」の激しい硬直的な強硬派も、反戦主義的な思い込みの激しい左派にも、今後の外交政策を担う素質はない。

私は今アメリカに必要とされる大統領は、1. アメリカを再びひとつにまとめられる人物である、と指摘したが、今ここでもうひとつ必要とされる資質を挙げたい。それは2. イラク戦争の失敗で失墜したアメリカの国際的信頼を取り戻すことのできる力だ。マケイン氏もオバマ氏も第一の素質を備えていることは既に述べた。では第二の資質はどうか。アメリカの国際的信頼を取り戻すには、イラクを安定化させつつ撤退させることが不可欠だ。オバマ氏も外交に関して現実的な判断ができる人物だが、やはりこの点ではマケインに軍配が上がると言わざるを得ない。

以上のことより、私はジョン・マケインが次期アメリカ合衆国大統領に選出されるだろうと考える。