2012年8月11日土曜日

「エネルギー・環境に関する選択肢」へのパブリック・コメント

 「真の愛国者は問いを発する」とは、米国の著名な天文学社・惑星学者であるカール・セーガンの著書「悪霊にさいなまれる世界 - 「知の闇を照らす灯火」としての科学」の最終章のタイトルである。この最終章「真の愛国者は問いを発する」には、科学の懐疑的精神、すなわち科学的思考法が、民主主義下における市民の教養、民主社会に於ける思想様式として、どれだけ必要不可欠のものであるかが示されている。

さて、今回の「エネルギー・環境に関する選択肢」
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=095120900&Mode=0
は、 2030年までのエネルギー政策の方向性を決めるのみならず、今後この国がどのような方向に向かって行くか、その長期的将来像をも決める非常に重要な問題である。さらにエネルギー問題は、冷静な科学的知見に基づく議論が必要不可欠であり、民主社会において科学の素養を持つものの一人として、私は自らの意見を表明しなければならないと感じた。

前置きが長くなったが、以下が私のパブリックコメントの内容である。ぜひご一読いただきたい。

概要:

2030年以降の長期的な国の将来像に関する議論も含めるべきであり、それに応じて前提となる経済成長率に幅を持たせるべきである。また、電力を介さない熱の直接利用を検討し、さらなる電力消費削減を目指すべきである。

本文:
 
1. 2030年以降の長期的な国の将来ヴィジョンに関して

エネルギー政策は、単にエネルギーの供給方法をどうするかだけではなく、今後 の国のあり方や目指す方向性、すなわち長期的な国の将来像をも決めるものである。「エネルギー・環境に関する選択肢」では、2030年までのエネルギー供 給計画に対する選択肢が示されているが、エネルギー政策の基本的方向性を定めるには、さらにその先の国のあり方に対する将来的なヴィジョンを示すことも必 要ではないかと考える。もちろん、その将来的なヴィジョンに関しては国民的合意が取れていないので、具体的なシナリオを提示することは今回はできないであ ろう。しかし、最後の章で補足として、50年後程度の長期的未来についてどのようなヴィジョンがありうるか選択肢を示し、そこへ至るまでの課題について挙 げることは、今後のエネルギー政策に関する国民的議論を促す上で非常に重要であると考える。私見としては長期的な国家目標として、「再生可能エネルギーだ けで賄える程度の生活水準・経済規模へと移行する」ことと、その上で「エネルギー消費の増大を伴わずに成り立つ社会・経済システムを構築する」というヴィ ジョンを提示すべきだと考える。なぜならば、非再生可能エネルギーはそもそも枯渇の可能性があり、再生可能エネルギーは枯渇の恐れはないとしても、一定の 期間(例えば1年間)の間に消費できるエネルギー量には、やはり限界があり、エネルギー消費量を永久に増大させ続けることは物理的に不可能だからである。 そして、そのような社会を構築する上での考えられる課題を挙げ、それらについて国民的議論を促すことが必要であると考える。

2. 2030
年までの選択肢の前提となる経済成長率について

1.
で挙げたように、2030年以降の国の長期的なあり方について、いくつかの長期的ヴィジョンの選択肢を示すことは非常に重要であると考える。それに伴い、 2030年までのエネルギー政策シナリオに関しても、現行の選択肢で想定されている単一の経済成長率(2010年比で2割増)に基づいたシナリオだけでは なく、経済成長予測にも幅を持たせ、複数の経済成長率前提それぞれの基に、それぞれのシナリオを提示するべきだと考える。たとえば、国土交通省の「国土の 長期展望に向けた検討の方向性について」で示された日本の人口予測によると、2030年での人口は、2010年比で1割減程度である。全体の人口が1割程 度減少するという予測の中で、今回のシナリオのようにGDP2割増という予測が適切かどうか、よく検証する必要があると考える。たとえば、もし人口が1 割程度減少した場合は、何らの省エネ努力を行わなかったとしても、一人当たりの経済活動量が一定であるとすれば、今回の2030年までの3つのシナリオに おける総電力消費量予測(2010年比で約1割減)は自然に達成できてしまう。また逆に、産業界からは今回のシナリオでの経済成長予測は低すぎるという指 摘がある。この点からも、単一の経済成長予測のものでのシナリオだけではなく、複数の経済成長予測に基づいてシナリオを作成することは必要であると考え る。

3.
各シナリオにおける総電力消費予測について

現行のシナリオにおけるGDP成長予測(2010年比で約2割増) を前提とした場合でも、現行のシナリオ(2010年比で約1割減)以上に電力消費を抑えることは可能ではないかと考える。現行のシナリオでは、GDPあた りの電力消費を現在の75%に抑えるという想定であり、かなり挑戦的な目標であるといえるだろう。電力消費をこれ以上抑えるのは、いかに電力利用効率を高 めても難しいように感じるかもしれない。しかし、現在電力により賄っているエネルギー利用用途を、電力以外の適切なエネルギー源により賄うことにより、総 電力消費を大幅に削減できる上に、全体の総エネルギー消費も削減することができると考える。特に、熱利用という形態に着目すべきである。一般的に言って、 電力を熱に利用するのはエネルギー利用効率が悪くなる。というのは、熱力学的観点からすると熱を電力に変換するのは非常に効率が悪いのであるが、現状の発 電方法の多くは、一次エネルギー源から熱を生み出し、その熱を電力に変換しているためである。したがって、エネルギーを熱利用するのであれば、電力を介さ ず熱源を直接利用することが望ましい。全エネルギー利用の3割ほどを占める民生部門においては、エネルギー消費の半分近くが冷暖房等の熱利用の形態をとっ ているため、これらの用途には電力を用いるのではなく熱源を直接用いることにより、GDPあたりの電力消費量を現在の85%まで抑えることができる。さら に、太陽熱や地中熱、人工廃熱など、発電に利用するには力不足であるが、熱利用の用途では十分活用可能な未利用の熱源は多く存在する。つまり、エネルギー 利用方法として電力のみを考えるのではなく、エネルギー利用形態に応じた適切なエネルギー供給方法を考えることにより、エネルギー利用効率を改善し、電力 消費およびエネルギー消費量を大きく削減することは可能であると考える。さらに、このような熱の直接利用は原理自体は単純で、再生可能エネルギー技術の開 発に比べて、研究開発コストや開発期間を大きく抑えることができると期待できる。極めて野心的な目標ではあるが、熱の直接利用による電力消費の削減および 熱の直接利用のための新たなエネルギー源の開発を検討されたい。

4.
今後の原子力研究について

いずれのシナリオを選択 するにせよ、原子力研究の継続は必要である。現状で使用済み核燃料の最終的な処分方法が決まっていないことは原発立地自治体にとっては受け入れ難いこと だ。使用済み核燃料中の放射能を低減する方法を確立する等、使用済み核燃料の最終処分方法に関する技術研究は必要不可欠である。すなわち「原発に正しく引導を渡す」ための基礎研究は絶対に必要である。今後の原子力研究の方向性についても検討されたい。