2008年11月17日月曜日

アメリカは過去の大帝国と同じ轍を踏むのか

 前回の記事で、私はオバマ当選の陰でアメリカ内部に深刻な危機が潜んでいることを指摘した。その危機とは、ブッシュ政権下で表面化した保守強硬派の台頭である。彼らは現実の問題に対して理性的に対応することよりも、自分自身の価値観を盲信することを選択している。そのため、異なる意見の持ち主との対話を持とうという姿勢は見られない。これはアメリカ政治の理念であるはずの民主主義が相当深刻な危機に陥っていることを意味している。なぜなら民主主義のエッセンスとは単なる多数決ではなく、異なる意見の持ち主同士の率直な対話を通して意思決定を行うことだからである。オバマはアメリカをひとつにまとめることを訴えてアメリカ国民の大半の支持を得ることができたが、一部の保守強硬派は初の黒人大統領の誕生によって一層強硬になり、深刻な対立が生まれる可能性も無視できない。

 第二次世界大戦以後の60年余りにわたって、アメリカは世界のトップとして君臨してきた。しかし、ローマ帝国、オスマン帝国、大英帝国といった過去の大帝国はいずれも最後には衰退していった。アメリカもこれらの過去の大帝国と同じ轍を踏んでしまうのだろうか。実際、そのような兆候はすでに見え始めているようにみえる。

 その原因はやはりイラク戦争である。ブッシュ政権が国論を二分したままイラク戦争を決断してしまったことによって、アメリカ国内の賛成派と反対派との対立は深刻なものとなり、両者の間の溝は大きく広がった。その結果、両者とも互いの意見を聴こうという姿勢を持たなくなり、両者の間の対話は失われてしまった。すなわち、民主主義の危機である。また、そのようにして始まったイラク戦争が泥沼にはまったことによって、アメリカの国際的な威信も大いに傷つけられた。現在、アメリカに信頼を置いている国はほとんどないだろう。さらにサブプライム問題に端を発する景気後退は、今年9月のリーマン・ショックによって世界的な金融恐慌へと拡大した。アメリカが衰退に向かっているというのは確実なことのように思える。

 だが、アメリカという国は決して侮れない。過去にもアメリカが現在のような危機に陥ったことは何度もあった。だがその度に、リンカーン、ルーズヴェルト、ケネディ、レーガンのようなリーダーが現れてそれを克服してきたのだ。国が危機に陥ったとき、必ずそのような状況を克服できる強力なリーダーが現れる。それが、アメリカという国の凄さなのだ。
 
 なぜそのようなことが可能なのだろうか。アメリカと、その他の過去の覇権国家との違いは、アメリカは超大国となった国の中で唯一、民族ではなく理念を基に作られた理念国家だということである。民族にはこだわらず、世界中の人々を惹きつける人類に普遍的な理念を基にした国家だから、アメリカには多様な才能が集まった。だからアメリカは、超大国としての地位によって傲慢と自己満足に陥ったときも、やがてはそれを正す自浄作用が働き、超大国としての地位を維持し続けることができる。

 さらに言えば、アメリカは今までのなかで唯一、崩壊したことのない理念国家でもある。過去にもソ連やユーゴスラビアなど、民族ではなく理念を基に作られた国家はあったが、それらは100年も続くことなく崩壊した。それだけ理念先行の国家を作るのは現実には難しいのである。それをアメリカはオープンさと、そこから生まれるダイナミズムによって克服したのである。そこがソ連やユーゴスラビアなどとの違いなのだ。

 今回の大統領選挙でも、今アメリカが陥っている危機を克服しようという強力なリーダーが現れた。それは、今回の選挙の投票率が64.1%という戦後最高の数値を示したことからもわかる。ちなみに、これまでの戦後最高の数値は1960年の大統領選のものであり、この選挙でもケネディという強力なリーダーが誕生したのだ。実際、この高い投票率が示すとおり、今回の大統領選挙は例年にない盛り上がりを見せた。それは、大統領選に勝利したオバマの訴える変革に対する期待のためだけではなく、対立候補のマケインも大統領にふさわしい見事な人物だったからでもある。実際、マケインの潔い敗北宣言は、これからのアメリカの前向きな変化を思わせるに十分なものだった。黒人大統領誕生によって、仮に今後アメリカ国内に混乱が起きたとしても、それもいずれ避けて通れない道である。その困難をアメリカは確実に乗り越えるだろうと感じさせるに十分なほど、オバマとマケインの戦いはすばらしいものだった。

 だが、オバマ登場による不安は他にもある。ひとつめは、オバマが伝統的な民主党の価値観にしたがって保護主義に戻ることだ。経済のグローバル化は、今や先進国にとっても途上国にとっても彼らの成長にとって必須のものになっている。先進国は発展する市場を必要としている。途上国にとっては経済成長のための技術移転と製品の輸出先が不可欠だ。もしオバマが保護主義に走るようなことになったらアメリカの国際競争力は一気に低下し、その影響はブーメランのようにアメリカの国内経済に跳ね返ってくるだろう。さらに、経済のブロック化に走ったことが第二次世界大戦につながったという歴史も忘れることはできない。

 もうひとつの心配は、アメリカと敵対する国々から経験の浅い新大統領が甘く見られ、さらにアメリカの威信が低下することである。アメリカが現在国際協調路線に戻る必要があるのは明らかであり、オバマ次期大統領もその方向で今後のアメリカ外交を進めるものと思われる。だが、その国際協調の目的は、あくまでもアメリカに対する世界の信頼を取り戻すという、アメリカの国益追求のためでなければならない。もしこの国益追求という目的を忘れて一方的な譲歩を行えば、イラン、北朝鮮など国際問題を抱えており、かつアメリカと敵対している国々の勢いを増長させかねない。そうなれば国際秩序が崩壊し、アメリカに対する信頼はさらに低下するだろう。外交、安全保障、軍事に強いマケインと同じ能力をオバマが有しているかどうかは未知数である。そのマケインは敗北宣言において、「私は彼(オバマ)が国を率いるのを支えるだろう。」と語った。マケインは今後、新大統領の最も真摯な批判者かつ協力者となるだろう。

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