2013年9月16日月曜日

イラク戦争の二の舞いを避けたい世界

9月14日、ロシアのラブロフ外相とアメリカのケリー国務長官が、シリアの化学兵器を2014年前半までに廃棄させるという外交的枠組みで合意した。これによって、アメリカはシリアへの軍事介入を当面見送ることになる。シリアのアサド政権も、国連に対し化学兵器禁止条約への正式加盟を表明するなど、この枠組みへの合意を示している。

ロシア提案のこの枠組みが早くも米ロ間でまとまり、そして当事者たるシリア政府も早くも賛意を示し、またその他多くの先進国も概ねこの合意を支持しているのは、各国がそれぞれ思惑は違えど、10年前のイラク戦争の二の舞いだけは避けたいと考えたからだ。10年前、アメリカのブッシュ政権はイラクのフセイン政権の大量破壊兵器保有疑惑を理由にイラク攻撃を開始したが、その後結局イラクから大量破壊兵器保有の証拠は見つからず、アメリカの国際的信頼を大きく失墜させた。一方でロシアのプーチン政権は、アメリカの単独行動を止めることができずに世界の行く末を大きく変えるような問題に関して一切影響力を発揮することができず、冷戦後の米ロ間の力の差を露呈することになった。そしてアメリカの同盟国・友好国の多くは、アメリカの行動に対して無批判に追随したと批判された。これらの国々が、イラク戦争と同じ状況に陥るのを避けたいと考え、今回のような外交的取り組みに賛意を与えたのは当然のことである。そして、シリアである。10年前、イラクのフセイン政権は国連査察団に対して妨害・非協力的姿勢を示したため、それを根拠に圧倒的な武力で攻めこまれ、崩壊した。いかにアメリカによる一方的攻撃が世界から非難されようとも、自分の政権が崩壊してしまっては何の慰めにもならない。もともとシリアの化学兵器は、隣国の強大なイスラエル軍との戦力差を少しでも埋めることを目的として保有されたものだが、周囲の国際政治状況が変化してイスラエルとの全面的な軍事衝突の可能性が低くなった今、シリアとしては化学兵器を保有することに固執するより、アメリカによる軍事介入を避けたほうが得策であろう。

さらにいえば、世界が最も避けたい「イラク戦争の二の舞い」として、政権崩壊後の国内の混乱が挙げられる。イラクのフセイン政権は宗教に対しては世俗的な姿勢をとりつつ国内を鉄の支配で固めていたため、アルカイダなどのイスラム原理主義勢力が国内に入り込む隙がなかった。これはシリアのアサド政権も同様である(現在のバッシャール・アサド大統領の父親のハーフェズ・アサドの時代には、中部の都市ハマーでムスリム同胞団に対する大量虐殺が起きている)。ところがフセイン政権崩壊後は、無政府地帯となったイラク国内に、国外から大量のイスラム原理主義勢力が入り込み、治安の悪化を招いた。既にシリア内戦における反政府勢力の中には、イスラム原理主義勢力が入り込んでいると見られている。アサド政権が崩壊したあと、いつの間にやらこの勢力がポスト・アサド勢力の主体となり、シリアを支配する可能性が高い。同様のことは既に昨年、アフリカのマリ共和国の北部地域アザワドで起きており、これが今年初めのフランスによる軍事介入を招いた。さらに言えば、このフランスの軍事介入が、日本人も犠牲になったアルジェリアの人質事件へとつながったのである。世界がシリアでの混乱を避けたい理由がここにある。

しかしながら、今回の外交的枠組みがどれほど実効性を持つのが疑問視する声もある。今回の枠組みでは、シリア側による化学兵器に関する自己申告と、その後の化学兵器禁止機関による査察がポイントとなっているが、内戦中のシリアでは査察官が十分な査察を行えるのかどうかは疑わしい。さらに言えば、シリアの化学兵器廃棄のデッドラインとして設定された2014年は、アフガニスタンで治安維持活動を続ける国際治安支援部隊(ISAF)の完全撤退が予定されている年であるため、ISAFの主力を構成するアメリカはなんとしてでもアフガニスタンの治安を回復しなければならない立場に立たされる。したがって、シリア問題に回す余力は乏しくなり、シリアの化学兵器廃棄プロセスに対するチェックが甘くなる可能性がある。また、今回の合意でかいま見えるのは、国際社会が真剣に動くのは大量破壊兵器など国際的な安全保障に重大な影響を与える問題についてのみであり、既に2年半も続いているシリア内戦の終結そのものに向けて国際社会が積極的な取り組みを見せることはなさそうだということである。このことは、シリアの人々にとって大きな苦痛をもたらすだろう。

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